「鉄は熱いうちに打て」は本当か?
「鉄は熱いうちに打て」という言葉があります。
これは学び始めの時期がいちばん大事で、この時期を逃すと修正がききにくいことを意味します。しかし、これはどこまで本当なのでしょうか?学び始めの時期を過ぎた大人は修正がきかないのでしょうか?
今回、「可塑性(かそせい)」という言葉をキーワードにこれを考えてみたいと思います。
可塑性とはなにか?
可塑性というのは聞き慣れない言葉ですが、これは脳の変わりやすさを意味する言葉になります。
何かを学ぶときには私達の脳のありようも変わっています。若いうちは脳も変わりやすく、年齢を重ねるにつれ、どんどん変わりにくくなってくるのですが、この脳の変わりやすさは専門用語で、脳の可塑性と呼ばれています。
では、脳はどのようにして変わっていくのでしょうか?
脳の可塑性とシナプス
私達の脳はおよそ1000億個の神経細胞で出来ていますが、決してバラバラに詰まっているわけではありません。これらの神経細胞は互いに枝を伸ばして繋がり合って、脳が上手く働くように配線を作っています。
このように神経細胞同士がつながってネットワークをつくっているのですが、この神経細胞の継ぎ目の部分はシナプスと呼ばれています。
何かを学んでいるときには脳の中でシナプスが作られますが、一般に年齢が若いときにはシナプスも作られやすく、年齢を重ねるにつれ、作られにくくなることが知られています。これを専門用語に置き換えると、若いときには脳の可塑性が高いが、歳を取ると脳の可塑性が低くなるということなります。
とはいえ、世の中には歳をとっても学び続け、変わり続ける人もいます。では、私達はどうすれば脳の可塑性を保ち続けることができるのでしょうか?
メタ可塑性とはなにか?
可塑性というのは脳の変わりやすさを示す言葉ですが、この上の仕組みにメタ可塑性というものがあります。これは変わりやすさの変わりやすさを調整するような仕組みです。これはちょっと分かりづらいと思うので、例として今回のパンデミックを例に考えてみましょう。
今回のパンデミックは世の中の仕組みを大きく変えました。なぜここまで短期間で変わったかというと、パンデミックという非常事態によって、社会の変わりやすさそのものが変わったからだと考えることも出来ます。
私達の脳にも変わりやすさを変える仕組みがあり、これがメタ可塑性と呼ばれるものになります。
ではどのような状況でメタ可塑性が高まるのでしょうか?
環境とメタ可塑性
いくつかの実験から、メタ可塑性を高めるためには環境が重要であることが考えられています。
ではどのような環境がメタ可塑性を高めるのでしょうか?これは一般的には未知の環境がメタ可塑性を高めると言われています。慣れない環境と違って未知の環境では先が読めません。
このような状況では、成功から素早く学び、素早く変化していかないと環境に対応できなくなってしまいます。そのため未知の環境では、メタ可塑性が変化し、脳の可塑性が高まると考えられています。
まとめ
今回は少し込み入った内容になりましたが、ちょっとまとめてみましょう。
・一般に脳は年齢が若いほど変わりやすい。
・この脳の変わりやすさは脳の可塑性と呼ばれる。
・未知の環境に身を置くことで脳の可塑性を高めることが出来る。
このように「鉄は熱いうちに打て」は間違いではありませんが、絶対ではありません。
年齢や経験を重ねたとしても、新たな環境に身を置くことで、脳は柔軟性を取り戻すことが出来ます。もし挑戦したいこと、やってみたいことがあるとしたらそれは脳を若返らせるチャンスです。
挑戦は脳の究極のアンチエイジングともいえます。
脳の若返りを目指して、その足を一歩前に踏み出してみましょう!
【参考文献】
・Thomas, Michael SC. “Essay review: limits on plasticity.” Journal of Cognition and Development 4.1 (2003): 99-125.
・Farashahi, Shiva, et al. “Metaplasticity as a neural substrate for adaptive learning and choice under uncertainty.” Neuron 94.2 (2017): 401-414.
【シュガー先生 プロフィール】
本名:佐藤洋平(さとう ようへい)
脳科学専門のコンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表。理学療法士。現在富山大学医学博士課程にて心と体の関係についての研究を行う。
日本最大級の脳科学ブログである「脳科学 心理学 リハビリテーション」にて、ヒトとはなにか、をテーマに脳科学を超えて学際的な立場から記事を執筆中。
趣味は料理、人間観察、読書(人間に関するものであれば社会学から哲学、経済学まで全般)、語学(フランス語)。
屋号のオフィスワンダリングマインドは、心理学のmind wandering(心のお散歩、ぼんやり頭、ひらめきの源泉)に由来。