「習うより慣れろ」:その心は?
学習と暗黙知
「習うより慣れろ」ということわざがあります。
これは、人に教えられるよりも、実際に経験を重ねたほうがよく覚えられるという意味ですが、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。今回は暗黙知という言葉をキーワードに深堀りしていきたいと思います。
なぜ私達は学ぶのか?
暗黙知という言葉に入る前に、そもそも学ぶことについて考えてみましょう。
私達は生まれてから、息を引き取るその日まで学び続ける生き物です。では、いったい私達はいったい何を学ぶのでしょうか。一つは自分のことでしょう。自分はどんな性格なのか、何が好きなのか、何が得意で、何が嫌いなのかということを学んでいきます。
もう一つは自分以外のことでしょう。友達というのはどういうものなのか、仕事とは、社会とはどういうものなのかということを学んでいきます。
最後の一つは自分と自分以外のすり合わせ方です。
自分のことを知って、自分以外のことを知ったとしても、それだけでは片手落ちです。この2つを上手にすり合わせることを学ぶことで、初めて幸せがやってきます。
例として営業というものを考えてみましょう。
自己分析をして、営業マニュアルを読んでも、営業成績が上がるわけではありません。実際に現場に出て、いろんな汗をかき、自分にあった営業スタイルを確立することで、初めて結果がついてきます。
こういった例は、料理やスポーツ、子育てなど、いろんな分野で見られます。しかし困ったことに、こういった知識というのは言葉にしづらいという特徴も持っています。勘やコツ、「うまく言葉にできないけど、できる」というような無形の知識は、言葉にできる形式知に対して、暗黙知という言葉で呼ばれています。
では、この暗黙知はどのようにすれば手に入れることができるのでしょうか?
暗黙知の学び方
この暗黙知は残念ながら机上の勉強では身につけることが出来ません。実際に成功したり失敗したりと様々な経験を踏んでいく中で身についていく知識です。では私達が経験を重ねていくことで、脳はどのように変化するのでしょうか。
例えば初めて職場で電話をとったときのことを思い出してみましょう。あなたの心はドキドキします。聞き取る脳に話す脳、ためらう脳に喜ぶ脳、いろんな脳領域が活動します。このように実際に何かを経験している時には全脳的な活動が引き起こされるのですが、こういった密度の濃い学習を繰り返す中で、脳の中で複雑な繋がりができていきます。
こういった複雑な繋がりができることで、いつでも、どこでも、どんなときでも役に立つ実践的な知識、暗黙知が脳の中で作られていくと考えられています。
チャレンジは小さな掛け金、大きな利益
ここまでをまとめると
・暗黙知とは言葉にできない知識である。
・暗黙知は実際に経験することで身につく知識である。
・暗黙知が作られるためには全脳的な繋がりが必要である。
ということになります。このように暗黙知というのは経験を通じて練り上げられていくものですが、実際に何かを経験するとなると、ちょっとした勇気がいります。というのも、教室でのレッスンと違って、実際に何かを経験する時には、失敗したり損したりという可能性もあるです。
しかしです。
何かを経験するということは、何も全人生や全財産を差し出すことではありません。時間にしてもお金にしても体力にしても、どれだけの掛け金を出すかは全てあなたが決められます。小さく掛ければ負けてもたかが知れていますし、万一当たれば大儲けです。しかも負けたとしても、経験という暗黙知はしっかりと脳に残ります。
「習うより慣れろ」です。
勝っても負けても経験が残るという意味では成功率100%です。「畳の上の水練」でもありませんが、本番にまさるものはありません。
大きく息を吸って、その水の中にドボンと飛び込んでみましょう!
【参考文献】
・Destrebecqz, Arnaud, et al. “The neural correlates of implicit and explicit sequence learning: Interacting networks revealed by the process dissociation procedure.” Learning & Memory 12.5 (2005): 480-490.
・Tzvi, Elinor, Thomas F. Münte, and Ulrike M. Krämer. “Delineating the cortico-striatal-cerebellar network in implicit motor sequence learning.” Neuroimage 94 (2014): 222-230.
・マイケル・ポランニー、高橋勇夫訳『暗黙知の次元』ちくま学芸文庫 ISBN 978-4314003018
【シュガー先生 プロフィール】
本名:佐藤洋平(さとう ようへい)
脳科学専門のコンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表。理学療法士。現在富山大学医学博士課程にて心と体の関係についての研究を行う。
日本最大級の脳科学ブログである「脳科学 心理学 リハビリテーション」にて、ヒトとはなにか、をテーマに脳科学を超えて学際的な立場から記事を執筆中。
趣味は料理、人間観察、読書(人間に関するものであれば社会学から哲学、経済学まで全般)、語学(フランス語)。
屋号のオフィスワンダリングマインドは、心理学のmind wandering(心のお散歩、ぼんやり頭、ひらめきの源泉)に由来。